動眼神経麻痺に伴う斜視と複視へのアプローチ
- Sakura
- 7月7日
- 読了時間: 6分
更新日:7月13日
ご相談内容
「昔から動眼神経麻痺による斜視で悩んでいます。眼科・眼鏡店では今以上のプリズムは制作できないと言われました。斜視手術も検討したのですが、年齢が高齢のため、適応外だそうです。なんとかならないでしょうか」
今回は、長年「動眼神経麻痺」による外斜視と複視(物が二重に見える症状)でお悩みだった70代のお客様の事例をご紹介します。これまで眼科や他の眼鏡店にご相談されてきましたが、「これ以上のプリズム眼鏡は制作できない」と言われ続けてきたそうです。また、斜視手術も検討されたものの、ご年齢に加え、長年にわたる斜視によって目の使い方や感覚が固定化していることなどを理由に、適応外という診断を受けておられました(一般に斜視手術の適応は年齢のみで一律に判断されるものではなく、全身麻酔のリスクや、長期罹患による抑制・固視ズレの定着度合い、術後に複視がかえって出現するリスクなど、複数の要因を踏まえて総合的に判断されます)。「なんとか日常生活の不便さを軽減できないか」とご相談をいただきました。
動眼神経麻痺と外斜視のメカニズム
動眼神経は、目を内側に向ける筋肉などをコントロールしています。この神経に麻痺が生じると、眼球を内側に寄せる力が弱まり、結果として外斜視が引き起こされます。お客様がこれまでご使用されていた眼鏡には、両眼で合計12⊿(プリズム:以下,⊿)が組み込まれていました。しかし、眼科の測定結果は45⊿であり、当店で改めて眼位を測定したところ、実際の外斜視のズレ量は約40⊿あることが確認されました。つまり、これまでの眼鏡ではズレを完全には補正しきれず、慢性的な複視が生じていたことが明らかになりました。
プリズムレンズという保存的療法の選択
手術適応外という背景を踏まえ、当店では保存的療法として可能な限りのハイプリズムレンズを制作する方針をとりました。動眼神経麻痺のような後天性の眼球運動障害においても、プリズムによる保存的な管理は診療の場でも実際に用いられており、比較的大きな偏位量であっても症状の改善に有効だったとする報告があります(1)。
1) Tamhankar, M. A., Ying, G. S., & Volpe, N. J. (2011). Success of prisms in the management of diplopia due to fourth nerve palsy. Journal of Neuro-ophthalmology, 31(3), 206-209.
動眼神経(第III脳神経)麻痺を含む眼球運動神経麻痺を対象とした研究でも、プリズム療法によって眼位のズレや複視、頭位異常などが有意に改善したことが示されています(2)。なお、お客様は以前に大きなプリズム量を得やすいフレネル膜プリズムを試された経験もお持ちでした。しかし、レンズに貼り付けるタイプであるため装用中に剥がれやすく、また膜自体の光学的な特性から見え方がぼやけて見えづらいという不満があり、継続使用には至らなかったとのことでした。フレネル膜プリズムは高倍率のプリズムを比較的手軽に試せる一方、像の鮮明さや装用感の面でレンズに組み込むタイプに劣る場合があることが指摘されており、当店では最終的にレンズ自体にプリズムを研磨・組み込む「組み込み式プリズム」で作製する方針としました。
2) Said, H., Mustapha, J., Chaimae, E. H., Hadri, A., El Merabet, Y., & Ouahidi, M. L. (2025). Impact of therapeutic prism treatment on ocular motor cranial nerve palsies among Moroccan patients. Strabismus, 1-8.
組み込み式は見え方の質や耐久性に優れる一方、対応できるプリズム量には物理的な上限があるため、今回のように偏位量が大きいケースでは、実際のズレ量をそのまま組み込むのではなく、装用感とのバランスを見ながら度数を検討する必要があります。実際のズレ量である40⊿に対して、今回は両眼合計30⊿のプリズムを組み込んだレンズを作製しました(外斜視の補正であるため、プリズムの基底方向はいずれも内方向=base inです)。
プリズム処方においては、斜視角を機械的に数値通りに合わせるのではなく、上下偏位・回旋偏位の程度や患者さんの適応可能性を見極めながら、無理のない範囲でプリズム量を選定することの重要性が、国内の視能矯正の専門家によっても指摘されています(3)。また、複視をプリズムで管理する目的は必ずしも完全矯正だけではなく、たとえ低倍率であっても眼位補正によって視機能や生活の質(QOL)そのものが改善しうることも報告されています(4)。今回のプリズム度数も、この考え方に基づいて選定しました。
3) 稲垣理佐子. (2018). プリズム眼鏡の基礎と選定の実際. 日本視能訓練士協会誌, 47, 29-37.
4) Hatt, S. R., Leske, D. A., Liebermann, L., & Holmes, J. M. (2014). Successful treatment of diplopia with prism improves health-related quality of life. American journal of ophthalmology, 157(6), 1209-1213.

装用後の反応
新しい眼鏡をお渡ししたところ、「複視が大分マシになった」と大変嬉しいお言葉をいただきました。しかし同時に、「今まで二つに見えていた空間が一つになったので、違和感が強い」というご感想も述べられました。これはハイプリズム処方において非常に重要な反応です。水平方向の強いプリズムは、眼に入る光の角度を大きく曲げるため、空間認識に強い影響を与えます。長年ずれた視界に適応していた脳が、急に「一つの統合された空間」を処理し始めたことによる戸惑いです。また、水平方向のプリズムによる視界の変化は、人間の歩行や姿勢制御(歩行時の身体のバランスや足の運び)にも直接的な影響を及ぼすことが知られています。
水平方向のプリズムを装用した直後は、ためらいやふらつき、歩行速度の低下といった歩行への影響が現れやすいものの、数分から数十分程度で神経系がその変化に順応し、影響が軽減していくことが観察されています(5)。そのため、単に見え方が変わるだけでなく、歩く際の足元の感覚や空間全体の距離感に強い違和感を覚えるのは、ごく自然な反応と言えます。
5) Errington, J. A., Menant, J. C., Suttle, C. M., Bruce, J., & Asper, L. J. (2013). The effects of vertical yoked prisms on gait. Investigative ophthalmology & visual science, 54(6), 3949-3956.
今後のアフターフォロー
脳や身体が新しい空間認識や歩行感覚に適応(神経順応)していくには、一定の時間が必要です。お客様には、まずは安全な室内などで短い時間から装用していただき、無理のない範囲で目を慣らしていくようお伝えしました。今後も定期的にご来店いただき、見え方や歩行時の感覚の変化を伺いながら、必要に応じてプリズム量やフィッティングの微調整を行っていく予定です。
谷町眼鏡店ではスペシャルレンズラボ(Special Lens Lab:Made in France)との提携によって超高度数レンズ(片眼:球面度数S±45.0D / 乱視度数C±15.0D / プリズム度数20⊿)の製作を行っております。今回のような大角度のプリズムレンズをはじめ、ICLやコンタクトレンズでの視力矯正が難しい度数でも対応が可能です。お気軽にお問い合わせください。
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